死んだらどうなる?

どうも。参四郎です。

昔、「丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる」って映画があったんですよね。若い人からしたら「ていうか丹波哲郎って誰やねん」ってなるかもしれんけど。うん。私もよう知らん(笑)。
私は小学生の頃、親父に連れられて映画館でこの映画を観ました。ていうかさ。小学生だったらドラえもんとかドラゴンボールの映画を観たいじゃないですか。そういった映画に連れて行ってもらったことは一度もないよ。ウチの親父には「これなら子供が喜ぶだろう」とか、そういった感覚が一切なかったんだと思う。常に自分の嗜好が最優先。ホントにロクな奴じゃないよね(笑)。
ちなみに「大霊界」の内容は全然記憶に残ってない。子供心に相当退屈に感じたんだと思う。今観たらそれなりに興味深いのかも知れないけれど。

なぜこんなことを書いたかと言うと、先日職場で利用者が一人亡くなってね。さっきまでいつも通りに過ごしていた人が次に様子を見に行ったら既に心肺停止。まあそんなことは医療、介護の現場では日常的なことなんですけどね。改めて「死」について考えさせられた訳。なので今回は「生と死」に対する私の考え方を書いてみたいと思います。

まず・・・命の価値は基本的にどの生物も同じだと思います。人間の命が特別重い訳ではない。田舎の方では道端で車に轢かれた小動物の死骸をよく目にしますが、もしそれが人間の死体だったら大事件ですよね。しかしそれに関しても同じだと思います。

「クジラを捕まえるな!」とか「犬を食べるなんて信じられない!」みたいなことを言う人が結構いますが、それは文化の違いであって、なんら咎められるような行為ではないと思います。牛を食うのも豚を食うのもクジラを食うのも犬を食うのも一緒。まあ犬なんかは人間に懐くので「可哀そう」って気持ちになるのは分かりますけどね。そんな犬をペットとして飼うのもアリ。食べるのもアリ。
ちなみに私は過去に犬を飼ったことがあるし、犬は大好きですよ。だからといって犬を食べる人たちを非難するつもりは毛頭ない。

霊は存在しないと思います。これも人間の驕り。人間だけが特別か?世界中で毎日ありとあらゆる生物が死んでいる訳ですよ。動物とか虫とかミトコンドリアとか(笑)。そんなんが皆霊になったら世界中が霊で埋め尽くされるわ。

霊は存在しない。したがって天国や地獄も存在しないと思います。善人も極悪人も死んだら一緒だと思います。いくら信心深くても関係ない。全ては人間の創作。妄想。生きた坊主の賽銭集め。宗教とは弱き人間の心の拠り所。
・・・まあ、自分も決して強い人間ではないけども。

で・・・結局死んだらどうなるかというと・・・こればっかりは死ななきゃわからん。でもね。私の予想では死んで意識を失った後・・・気が付いた時には何者かに生まれ変わっているのではないかと。すなわち輪廻転生説が有力ではないかと思っています。宗教的な考え方じゃなくて単純に。だって毎日多くの生物が死んで多くの生物が生れてくる訳で。自分自身、気が付いたら自分だった訳でしょ。多分そうなんじゃないかな。違ったらスマン(笑)。

それではまた。


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